お世話になります、仙岳(諏訪本店)です。

今回は、まどろっこしい表現で文が長くなったので、画像はなしで。

堀越喜晴という目の見えない方の「世界を手で見る、耳で見る ――目で見ない族からのメッセージ」と

伊藤亜紗という目の見える方の「目の見えない人は世界をどう見ているのか」を続けて聴きました。

いずれも、目の見えない事を、欠損と捉えるのでなく、特徴・個性の1つと考え、

逆に、それに伴い得た能力等も過剰に注目するでなく、特徴・個性の1つと考え、

違いを面白がったりしようというような内容です。

後の本にある「ソーシャルビュー」というのが、とても面白そうです。

目で見る者と見ない者が一緒に美術作品を鑑賞するのです。

目で見る方が見えている・見ていると思っている視点で作品について説明する、

それを聞いて目で見ない方が質問・感想を返す、を繰り返して、

新しい見方や意味を発見していくのだそうです。

私のように、美術館などで入口から出口手前まで一気に駆け抜け、良さげと思った作品の前に戻りなんとなく浸る、

本当に見ているの?的な人間には、大変かもしれないですが、楽しそうです。
さて、当店にも、目の見えないお客様はいらっしゃいます。

鍼灸の方々の集まりなどでは、よく話し、よく召し上がりで、

口が2つあるのかな、と思うような楽しい食事をなさいます。
(話の途切れる様子はないのに、空いた器がどんどん下がる。)

当店は、車椅子のまま部屋に入れるスロープを用意したり等はありますが、

今度導入するモバイルオーダー含め、見えない方向けの事は少ないなぁ、とギクリとしたり。

でも、前の本には、過剰な福祉的反応で、自分でやる自由は奪うな、的な文もありますので…
(バリアフリーフリー、を叫びたい、みたいな。)

なお、昔の店舗の時には、車椅子の集団を板前達が担いで運ぶ、といった豪快な宴会もあったようです。

今はそこまで豪快なのは難しいですが、エレベータがあり、

木製スロープ(昔作って貰ったんです。その頃、工事現場みたいなのしかなくて。)や

車椅子モドキ、昇降する椅子といった謎のものも持っていて、

大人用のスプーン・フォークもあったりします。

会食を諦める前に、ご相談下さい。
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